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よく通るけどあまり降りないあの駅③ しなの鉄道・千曲駅

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現地に住んでいる方から怒られそうなタイトルですが、特急列車がたくさん通ったり、そうでなくても普段使う路線上にありながら降りたことがない駅ってありますよね。そんな駅を実際にいくつか訪問してみたので、どんな駅かを紹介してみたいと思います。

今回取り上げるのは、しなの鉄道の千曲駅。長野県千曲市にあります。
なんだ、市名を冠した駅じゃん。そう思った方のために、まずは千曲駅の基本情報をご紹介します。

 

中心地とは無関係。快速も通過。

このシリーズで千曲駅を取り上げるのにはもちろん訳があります。

千曲駅は確かに千曲市にある市名を冠した駅であるものの、千曲市内の駅では存在感は薄くなっています。そもそも千曲駅は、しなの鉄道線内で最も新しい駅(2009年開業)であり、市役所等の中心部からも5km程度離れています。歴史的にも地理的にも、地味な存在なのです。

千曲駅は、いずれも千曲市内の主要駅である屋代駅と戸倉駅に挟まれています。屋代駅は千曲市役所やことぶきアリーナ千曲の最寄り駅であり、かつてはここから長野電鉄屋代線(2012年廃止)も分岐するターミナル駅でした。

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また戸倉駅については戸倉上山田温泉の玄関口にあたり、さらにしなの鉄道線の運行上の拠点ともなっているため、こちらも重要な駅となっています。

屋代駅と戸倉駅に挟まれる千曲駅

しなの鉄道では一部の列車で快速運転が行われていますが、千曲駅には停車しません。屋代・戸倉両駅とは異なり、千曲駅周辺には店舗らしい店舗はほぼありません。

 

JRと三セクで異なる「駅のつくり方」

そんな千曲駅はどのような経緯で誕生したのか、そこには、JR(旧国鉄)と私鉄・第三セクターでは駅設置に対する考え方が異なることが挙げられます。

ご存知の方も多いかと思いますが、現在のしなの鉄道線にあたる区間は、北陸新幹線の開業以前はJR信越本線として首都圏~長野・北陸方面の主要ルートとして機能していました。

国鉄の幹線は基本的に大都市間の長距離輸送を主軸に置いているため、途中駅は沿線自治体の主要地域に1,2か所程度設けられるだけでした。現在の千曲市に相当する地域には開業時(1888年)には屋代駅のみ、そこから24年ほど遅れて戸倉駅が開業しています。1997年のしなの鉄道への移管まで、屋代駅は旧更埴市の、戸倉駅は旧戸倉町(と千曲川対岸の旧上山田町)の代表駅として機能してきました。

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しかし第三セクターであるしなの鉄道への移管時に、特急「あさま」などの優等列車は消滅。主軸は地域間輸送へと切り替わります。地域の通勤・通学需要に応えるため、いくつかの駅を新設。千曲市内(にあたる区域)では2001年に屋代高校前駅、2009年に千曲駅が開業しました。

 

駅の新設には訳がある

さてさて、前置きが長くなってしまいましたが、実際に千曲駅周辺を歩いてみます。

まずは駅舎。開業から10年強しか経っていないので、構内や駅前はとてもきれいに整備されています。

千曲駅舎

ホームは後付けの簡素なつくり

広々とした駅前ロータリー

特に目を引くのが、駐輪場の充実ぶり。平日の日中ということもあり、高校生のものと思われるたくさんの自転車がありました。

駅前の駐輪場には高校生の自転車がびっしり

自転車のステッカーを見ると、地元の戸倉上山田中学校のものが貼られた自転車が多く、さらにしなの鉄道沿線の屋代高校・篠ノ井高校・上田高校、さらには長野市内の高校のものも見受けられました。

戸倉上山田中学校は隣の戸倉駅が最寄りですが、片道2km程度と中学生なら自転車通学ができそうな距離なので、おそらく戸倉上山田中学校を卒業した高校生が沿線の高校に通う需要がかなりあるとみて良いでしょう。

ちなみにこの地域から最も近い高校は屋代駅近くの屋代南高校となり、こちらでも片道5km程度と自転車通学にはやや遠い(運動部なら苦にならないだろうが、人による)ので、そうした観点から新駅の設置が望まれていたのだろうというのは容易に想像できます。

今度は駅から少し離れてみます。

旧北国街道。車の離合すら怪しい道にも通学路レーン

千曲駅につながる県道。古い建物が多くくねくねした道

駅前こそ歩道が整備された比較的広めの道路が整備されていますが、少し離れると古くからの住宅街が広がり、そこを走る道路は道幅が狭く歩道のない道が多くなっています。線路に並行する旧北国街道や、実質的な駅前通りの役割を果たす「県道内川姨捨停車場線」も道幅が狭くくねくねした道となっており、歩道の代わりに車道上に通学路レーンを作ってなんとか安全を確保しようとしている状況です。

北信と東信を結ぶ大動脈である国道18号線ですら歩道はほぼないです。道路の両側には古くからの住宅も立ち並んでおり、現状片側1車線の道路を拡張するのは難しいように見えます。広い道路を必要とする時代よりも前から、この地域が住宅地として発達してきたことがうかがえます。

駅から200mほどのところを通る国道18号線。歩道はほぼない。

駅から数百メートル離れた市道は、しっかり整備されている

数百メートル歩いた先には「千曲市道1-211号線」があり、こちらは広々とした歩道があるほか、スターバックスや綿半、ウエルシアといった店舗もあります。

とはいえ、総じて新しい住宅はほぼ建っていないように見えます。千曲駅の開業が2009年であることを考えるとこの地域の住宅は大半がそれ以前の建築と思われ、元々ある住宅地からの通勤・通学需要を拾うべく千曲駅が設置されたことが分かります。

 

本当に「千曲」駅で良かったのか?

ここまで千曲駅誕生の理由を、駅周辺を歩きながら探ってみました。立地としては新駅設置にふさわしかった千曲駅。とはいえ、やはりこの場所をもって「千曲」駅というのは微妙だよな、と思ってしまいます。

確かに千曲駅は千曲市の誕生(2003年)後初の市内での新設駅ですが、かといってそれだけで市名を背負わせる必要もない気がしますし、どう考えても近隣住民の利便性向上を軸とした駅ですから市外の乗客へ広くアピールする必要ないかと思います。

実際、駅周辺を歩いてみてももっと適切な駅名があったようにも感じます。

まずは「五加」。先述の県道沿いの電灯には「五加の庄」と書かれた看板が並びます。またこの地域は五加小学校区のため、そうした観点からも地域住民には一番馴染みのある名前のような気もします。

県道沿いの看板にかかれた「五加の庄」

続いては「内川」。内川というのは駅周辺の住宅街の多くが属している地区名です。実際、駅から近い国道18号線の交差点名も内川ですし、古くからの集落名として広く浸透しているものと思われます。こうした歴史を考えれば、内川駅でも自然ですよね。

最後に「寂蒔」です。これは千曲駅本体が位置する場所の地区名なのですが、これで「じゃくまく」と読むのだそうです。インパクトがすごい。他の地名と比べると駅名としてどうかというところはありますが、これが駅名だったら難読駅名として確実に載るだろうな、ということで取り上げてみました。

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こうした有力?候補がありながらなぜ「千曲」という当たり障りのない駅名になったのか、もしその経緯をご存じの方がいらしたら教えてほしいです…。

いくつかの駅名候補で揉めた先に当たり障りのない駅名になる、というのは観光需要の見込める新幹線駅ではよくある話ですが(佐久平駅の名前をめぐって佐久市と小諸市が揉めた、など)、さすがにこの規模の駅でそんな話もないかと思いますし。

 

歩いてみてさらに謎が深まった

以上、しなの鉄道線・千曲駅について見てきました。正直、思い立ってフラッとお出かけして駅前を1時間程度散歩しただけなのですが、これだけ考察が捗ったことに自分でも驚いています。

確かに屋代駅・千曲駅と比べれば地味な印象の駅ではありますが、地域住民、特に高校生の通学を支える重要な駅であることは事実。実際に歩いてみると様々なことが見えてきて非常に興味深い散策になりました。

千曲駅誕生の経緯、もっと深く知りたいな…。

(訪問日:2023年2月3日)

▽▽「よく通るけどあまり降りないあの駅」の過去記事はこちら▽▽

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