「む」の境地

旅と音楽とまぜそばと

【石井大智寺前】急に「阪神ファンの聖地」になったあの交差点とお寺へ(2025.11.24)

野球好きでまち歩き好きの自分が行かないわけにはいかないという、謎の使命感を感じさせる場所を見つけました。「石井大智寺前」という交差点が急にバズったのを覚えていますか?

石井大智寺、阪神ファンに見つかる

事の発端は、今年夏頃に投稿されたとあるSNSで、「石井大智寺前」交差点の写真がアップされたことです。

このブログは野球ブログではないので、野球に詳しくない方のために説明しますが、2025年のプロ野球では「石井大智」選手というスーパースターが誕生しました。とにかくどれだけ投げても投げても点を取られず、とうとう1年間で1失点しかせずにレギュラーシーズンを終えてしまいました。

そんな石井選手と同名の交差点があるぞ、ということで、阪神ファンを中心に瞬間風速的に話題になったのでした。これが「石井大智寺前」のバズりの経緯です。

www.tokyo-np.co.jp

実際に行ってみた

自分は阪神ファンでありまち歩き好きでもあるので、この大智寺に行くチャンスをうかがっていました。丁度近くの川越に行く用事がありましたので、ついでに寄ってみることにしました。

前提として、大智寺は駅からそこそこ離れた場所にあります。最寄り駅は東武東上線の北坂戸駅になりますが、徒歩だと30分程度かかります。坂戸駅から歩いた場合も同程度です(坂戸駅からの方が少々遠い)。

今回は行きを坂戸市のコミュニティバス「さかっちワゴン」利用、帰りを徒歩で、いずれも坂戸駅発着で行ってみました。まずは坂戸駅南口から、「さかっちワゴン」に乗車します。こちら、名前の通りワゴンでの運転です。定員は10人乗れるかどうかといったところでしょうか。f:id:musan_tr_gh:20251124183956j:image

運賃は1乗車200円。坂戸市民以外でも誰でも乗って良いことにはなっていますが、市民の皆さんが公共施設や病院へ行かれる利用をメインで想定している路線なので、観光での利用は複数人では控えておいた方が良さそうな印象です。乗車した際も、自分以外は市役所を利用するお年寄りの方々ばかりでした。こうした必要な方々が確実に乗れる配慮は必要ですので、もし「さかっちワゴン」を利用して現地へ行かれる方がいれば気に留めておきましょう。ちなみに、Suica、PASMO等のICカードにも対応しています。

少し話は逸れましたが、坂戸駅から20分ほどで、その名もズバリ「石井」バス停で下車。降りた目の前に見えてくるのが…f:id:musan_tr_gh:20251124183902j:image

やってきました。SNSでも見かけたあの名前。まあ、「石井という地区にある、大智寺というお寺の前にある交差点」という、事実をただ書いてあるだけなんですけどね。石井大智寺というお寺があるわけじゃないです。とはいえ何がきっかけでバズるか分かりませんよね。味わい深いです。

まさかこの信号機だけ見て帰るわけにもいかないので、大智寺にも足を運びたいと思います。

絵馬はすっかり…

そもそもこのバズりを抜きにしても、大智寺は非常に立派なお寺です。f:id:musan_tr_gh:20251124184301j:image

というかなんですかこのチャペルみたいな本堂は。丁度法事の最中だったので(そりゃお寺だもの)ズカズカと中に入るわけにもいかず外から眺めましたが、ものすごい建物です。

いくらSNSで話題になったからと言っても、石井選手にあやかるものなどあるわけが…ありました。この大量の絵馬。もちろん一般のお願いごともありますが、大半が阪神ファンのものと思しき内容の絵馬です。しかも、ご丁寧に野球ボール型の絵馬まであるじゃないですか。どうやら大智寺でボール型の絵馬を用意しているようで。がっつりしっかりあやかって、潔いですね。良いと思います。

個人的なツボは、絵馬の隣にあった石井選手の写真。白黒写真であることと、本人の顔立ち(?)のせいで戦前のレジェンド選手みたいになっています。沢村栄治さんかな?

僕が絵馬やら写真やらを眺めていたら、法事で来られたのか喪服姿の方々が数名通りかかって、「これがあの選手なのか…」みたいな感じで話していたのが何ともシュールな光景でした。ここはあくまでお寺ですからね。邪魔にならない程度にこれからも続けてもらって、もちろん石井選手の活躍も2026年以降も続いてほしいですね!

【川越的場】実は"長野市から乗り換えなし"のバス停を歩く(ただし1日1本)

長野市から東京方面へは複数の路線バス路線があることは、このブログの過去記事でも何度か紹介してきました。

www.sanmuofmusan.com

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ほとんどの路線は首都圏側の乗降バス停は基本的に東京都内となっており、途中の埼玉県、群馬県、あるいは山梨県では乗降ができません。しかし、そこに"例外"が1つだけあります。

それが、川越的場。埼玉県の川越市内、関越自動車道の本線上に設置されているバス停です。

川越的場 | のりば案内 | 長電バス株式会社

チャンスは「1日1回」

関越自動車道を経由する長野・新潟・富山方面の高速バス路線が停車するようですが、長野市内⇔東京方面の路線では唯一、長電バス運行の「池袋⇔長野・須坂」便のみで乗降バス停になっています。その他の路線(京王バス&アルピコ交通運行の新宿⇔長野線含む)ではそもそも乗降扱いがありませんので、ある意味レアな存在です。

しかもこの池袋⇔長野・須坂線、昨今のドライバー不足からか減便が繰り返されており、2025年12月1日からは1日1往復の運行になります。つまり、長野市内から川越的場バス停に降り立つチャンスは1日1回。ということなので、実際に長電バスに乗って現地に行ってみたいと思います。
※今回乗車の便は、減便対象の長野駅10:30発の池袋行きです。12月1日からは運休なのでご注意ください。

重い扉の先にあるバス停

長野市内を出発して約3時間。2度のサービスエリア休憩を挟み、最初の降車停留所としてアナウンスされるのが、川越的場です。降りてみるとこんな感じ。完全に高速道路上です。

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気軽に外から出入りできないように、外の空間とは重い扉と門で区切られていますが、予想に反して鍵がかかっているわけではないようです。とはいえ、いくつも注意書きはされていますので、バスの乗降以外で立ち入ることはやめましょう。f:id:musan_tr_gh:20251122172431j:imagef:id:musan_tr_gh:20251122172458j:image

JR的場駅までの道のり

川越的場バス停の最寄り駅はJR川越線の的場駅で、徒歩10分ほどの距離です。f:id:musan_tr_gh:20251122172532j:image

バス停を降りると早速住宅街のど真ん中という感じですが、幹線道路沿いにお店も充実しているエリアになります。吉野家やケンタッキー、回転寿司の魚べいなどがあり、この日お昼過ぎの到着だったものの、ランチには困りませんでした。

1日1本体制の場合、川越的場着が10時頃の便しかないので食事の優先度は下がるでしょうが、参考にしてみてください。f:id:musan_tr_gh:20251122172556j:image

的場駅までの道中は住宅街のなかに畑が広がるなど、のどかな郊外といった様相。住宅街でスーツケースを転がして歩くというのは少し抵抗があることもありますが、このあたりはタイヤの音が目立たない舗装になっていましたので、そこも少し安心です。

電車への乗り継ぎは時間に注意

これといって問題なく的場駅に到着しますが、一つ注意点が。それは肝心の乗り換え先であるJR川越線です。日中は30分間隔で、自分が足を運んだ際にも直前に列車が行ってしまい、ほぼ30分的場駅で待つことになりました。

せっかくなので的場駅を散策。かわいらしい駅舎です。f:id:musan_tr_gh:20251122172654j:image

こちらにも川越的場バス停への地図がありました。f:id:musan_tr_gh:20251122172734j:image

歩く時間や的場駅での待ち時間、JR川越線の本数などを考慮すると、実際、川越的場バス停を使うメリットがある人は限られてしまうと思います。近辺を走る東武線や西武線に乗るために、2駅先の川越駅に行く必要がありますし。

今後川越的場バス停を発着するバスの本数が減ることはあれど増えることはないように思えるので、興味がある方は行けるうちに行ってみてくださいね。

おまけ。
的場駅の近くに素敵な野菜の無人販売所がありました。お金入れがかわいい。

* * *

そういえば、過去にこんな記事も書いていました。こちらは同じく長野⇔新宿・池袋の高速バス路線に設定される練馬駅バス停で降りてみたまち歩き記事です。

sanpoo.jp

(訪問日:2025年11月22日)

【大前駅】実はほぼ長野県?廃止の噂が絶えない群馬の秘境駅へ(2024.6.15)

今回は、群馬県にある「関東最強レベルの秘境駅」へと向かいます。

目的地はJR吾妻線の終着・大前駅。地図でいうとこのあたり。群馬県ではありますが、ほぼ長野県です。自分の拠点が長野市なので、よく見たら意外と近いのでは?と思い、今回は長野市内から車で目指してみることにしました。

長野から近い群馬の秘境駅

本日も格安レンタカーのガッツレンタカーにお世話になります。5人乗りタイプの土曜日利用で24時間3,740円。ベーシックな免責補償込みでこの値段はマジで安いですね。カーナビやETCが無いのが安さの理由でもありますが、目的地まではほぼ1本道なのでルートは頭で覚えられるレベルですし、高速道路は使わないので問題ありません。

13万キロ以上走っている車でしたが、結構きれい

長野市から大前駅方面を目指す場合には、スキーやラグビー合宿で有名な菅平高原を抜けていくのが一般的です。大前駅を通るJR吾妻線も、計画段階では菅平高原を抜けて長野方面へ路線を延ばす予定だったそうです。
しかし、当時の国鉄が深刻な赤字を抱えていたこと、そして大前から先の県境越え区間では急峻な山間地、かつ地熱も高いことから、大前から先の建設は断念されました。

菅平高原のスキー場

万座・鹿沢口駅近くにある岩。こんな地形がそこら中にある

延伸されるかもしれなかった区間を実際に車で走ってみると、ほとんどが人の住んでいない山中であり、開通をしたところで採算は取れなかったはずです。かといって同エリアの長距離輸送は北陸新幹線か、新幹線ができなくてもすぐ南を走る信越本線が担ったはずで、あまり現実的ではなかったといえるでしょう。

このルートの大半は国道406号線に相当します。ちなみに今回とは別区間ですが、過去に国道406号線のハードな山越え区間のレビュー記事も書いていますので、そちらもぜひ。

www.sanmuofmusan.com

自分で運転していたため写真はほとんど撮れませんでしたが、上記の記事で紹介した区間ほどではないにせよ、なかなかハードな山道でした。
とはいえ、登坂車線がある区間もあり、400番台の国道としては悪くない道でした。

【大前駅】列車は1日5本。日中”7時間待ち”も

いよいよ本題の大前駅に到着。
長野市からの距離は60km弱。今回は途中休憩込みで1時間40分くらいで着きました。吾妻線の多くの列車の起点である新前橋駅から乗ってくるのと、さほど変わらない時間です。

大前駅に着いたのは16時前。大前駅を発着する列車は1日5本しかないうえに、10時台の次は17時台。ということで、列車がいない大前駅をまずは散策します。

大前駅の先で線路が途切れている

大前駅は国道から1本外れた場所にありますが、国道上には大前駅の案内看板もあり、場所は比較的分かりやすいです。

先述の通り吾妻線の沿線はなかなか急峻な地形をしているわけですが、これは大前駅周辺に関しても言えることで、駅と国道をつなぐ道路はかなり大掛かりな工事をしていました。

土曜日17時台の列車に合わせて集まった車たち

大前駅の前には車を5,6台程度停められるスペースがありました(正式に駐車場なのかはわからない)。車で大前駅に行く場合、よほどのことがなければここに停められるはずです。仮に停められなければ代替案として(土日祝であれば)嬬恋村役場に停めるというのも手ですが、自分が通った日(土曜日)はなぜか村役場の駐車場も混み合っていました。

大前駅には改札はおろか券売機もありませんので、運賃は車内か下車駅で精算することになります。とはいえ、吾妻線の普通列車の車掌さんは列車内を巡回するわけではないので、運賃精算を行いたい場合には自己申告するしかありません。有人駅であれば切符を買えば良いだけの話ですが、無人駅から無人駅への乗車の場合にはどうすればいいのでしょうか…

列車がいないときの大前駅

今回は券売機はあるものの無人駅である万座・鹿沢口駅との往復だったので(乗車の様子は後ほど)、帰りに万座・鹿沢口駅で復路の大前駅→万座・鹿沢口駅の切符を買い、そのまま万座・鹿沢口駅の切符回収箱に入れました。買いたての切符をすぐに回収箱に入れるという不思議な体験。

ちゃんと運賃を払うかは乗客の良心に委ねられる

ちゃんと払いました☆

秘境駅といえば、駅ノート。

大前駅の駅ノートはページが結構埋まっていて、ルーズリーフでページが追加されていたのがなんかシュールでした。

無人駅のトイレが徐々に閉鎖されている昨今ですが、大前駅のトイレはまだ健在でした。なお、男女共用で男性用小便器1+和式1という構成なので、ちょっと使いづらいという方、特に女性は列車内のトイレを使われることをお勧めします。列車内にもトイレがあるのは助かりますね。

大前駅のトイレ

乗客は鉄道ファンだけ?往復して確かめてみる

順番が少し前後しますが、ここで実際に乗車した様子をお届け。
今回乗車した列車は以下の通りです。

6/15(土)
万座・鹿沢口 17:07-大前 17:11
大前 17:32-万座・鹿沢口 17:36
6/16(日)
大前 8:32-万座・鹿沢口 8:35(川原湯温泉まで乗車)
万座・鹿沢口 10:37-大前 10:41(川原湯温泉から乗車)

まずは1本目、土曜夕方の大前行きですが、こちらは帰宅と思われる高校生2名(1人は中之条駅が最寄りの吾妻中央高校の学生さんでした)と、鉄道ファンと思しき男性が2名、そして自分の5名という構成。大前駅の駐車場には4,5台の車が停まっていましたが、いずれも見物客のようで列車には乗ってきませんでした。

4両編成で乗客5人…

続いて折り返しの列車。大前駅から新たな乗客はなく、乗ってきた鉄道ファンのうちの1名と自分の2名だけという状況でした。

4両編成で乗客2名…

日曜日朝の大前発は、折り返しの列車に乗ってきた鉄道ファン3名と自分、そして長地元の方1名という構成。日曜日は少し足を延ばして川原湯温泉駅まで往復しましたが、最後に乗った大前行き途中の長野原草津口まででほぼすべての乗客が下車し、万座・鹿沢口からは鉄道ファンのみに。大前駅に置いていた車に乗った自分を除き、全員が折り返し列車で帰っていきました。

ある程度予想はついていましたが、長野原草津口以西、特に末端区間の万座・鹿沢口⇔大前間はほぼ鉄道ファン専用路線となっていました。

いよいよ本当に廃止か?乗車はお早めに。

今回は土日の乗車だったので通勤通学の様子は観察できませんでしたが、先述の通り大前駅周辺は村役場があり一定の居住者がおり、一方で万座・鹿沢口駅付近には嬬恋高校があることから、一般の鉄道利用の多くは高校生だそうです。

そうした状況もあり、先日発足した吾妻線の在り方を協議する検討会では、高校生の利用状況について詳細に調査する方針が示されています。

www.tokyo-np.co.jp

一方で、吾妻線と並行する国道では川の氾濫や土砂災害に伴う復旧工事が行われている箇所もあります。これは全国の赤字ローカル線に共通している状況ですが、今後吾妻線の運行に支障をきたすような災害が発生した場合、先日廃線の決まった青森県のJR津軽線のようになし崩し的に廃線が決定する可能性も十分に考えられます。

国道406号線の片側交互通行箇所

吾妻線の駅では、平時から災害による運休の可能性について言及されている

予断を許さない状況の吾妻線。気になる方はお早目の訪問をお勧めします。

【長野飛行場跡】長野市にも“空港“があったらしい(2024.4.28)

長野県にある空港は?と聞かれて真っ先に思い浮かべるのが、松本市にある信州まつもと空港です。というより、一般にいう「空港」は県内では信州まつもと空港が唯一となり、長野市はオリンピックを開催した県庁所在地でありながら、空港がありません。

長野市には過去にも空港はなかったのかな、と何となく地図を眺めていたところ、何やらそれっぽい空間を見つけたので、調べてみました。

地図上の不思議な円、実は…

これがその場所の地図です。

Googleマップより切り抜き

場所は長野駅から南東方向に2kmほどの辺り。謎の円形の道路、そしてその下につながる真っすぐな道路…これは何かがあったな…とふと横に目をやると、

長野飛行場跡地だと…?そんなものがあったことを、この時初めて知ることになりました。

平成初期まで存在した長野飛行場

長野飛行場は、1938(昭和13)年から1990(平成2)年まで当地に存在したのだそうです。
閉鎖から30年以上経過した旧長野飛行場ですが、現在でも遺構は見られるのでしょうか?実際に現地を歩いて確かめてみました。

今回はアルピコ交通バス・松岡線の河原口バス停からスタート。この近辺は日中でも30分間隔でバスが運行されているので、車がなくてもアクセスは比較的容易です。

ファッションセンターしまむらを目印に、あの円形がある場所へと向かっていきます。早速現れたのが、謎の広い空間。円形そのものの場所ではありませんが、飛行場の遺構を匂わせるような空間と早速ご対面です。

よくわからない空間

飛行場跡ということで広大な敷地を転用したからか、周辺には工場がいくつか立ち並んでいます。中には、あの「いむらや」の工場も。ちなみに自分は、いむらやに権堂駅前店が存在したことをこの時初めて知ったのでした。

長野市民のソウルフード(異論は認める)の工場がある

少し余談でしたが、先述の円形部分についに突入です。2棟の集合住宅(市営団地)を、円形の道路でぐるっと囲む形です。ありそうでない形状。

円形を感じる

駐車場の向きもなんか違和感

 

敷地の広くない飛行場では滑走路上で飛行機を転回させますが、この円形がまさにそのスペースを想起させます。これはわざとこの形状で残しているんでしょうかね。

一つ気になった建物がありました。この周囲でも群を抜いて古そうな倉庫。飛行機の格納庫にも見えてしまいそうな建物ですが、考えすぎですかね。この場所に配送センターを構える企業の所有物のような気がするも詳細が分からず、情報があれば教えてくださいな。

この建物

しばらくこの円形道路を味わいたいところですが、住宅を囲う道路をいつまでもグルグルしていたら不審者と思われかねないので、今度は滑走路が伸びていたであろう南の方角に向かっていきます。

滑走路跡の使い方

元飛行場の敷地は、外縁部分が戸建て住宅や工場に、そして滑走路部分はその特殊な形状ゆえ住宅地には向かなかったのか、中学校や保育園、そしてグラウンドや体育館になっていました。

犀陵中学校。飛行場跡地で最も面積を占めている気がする

川合新田体育館。中学校の体育館とは別にもう一つ体育館がある

川合新田グラウンド。少年野球の練習中でした

この川合新田グラウンドが、おそらく滑走路部分の南端にあたるみたいです。円形の市営団地部分(北端)から800mあるかどうかといったところで、滑走路としては小型機が使用するのがやっとといった具合。いくら最晩年がオリンピックの開催が決まるかどうかだった時期とはいえ、「空港」に転用するのはあまりにも非現実的だったのでしょうね。

立派な石碑と、不自然な物体

飛行場跡を一通り歩き終えた気がしますが、まだ冒頭の石碑を見に行っていませんので、来た道を戻りつつ、今度は松岡二丁目バス停を目指して歩いていきます。

川合新田遊園地を目印に、東へ

ついに、Googleマップでも見ていたあの石碑とご対面。この手の石碑にしては、周りも含めて立派な気がします。手入れも結構しっかりされてる?

隣の枝が折れていることを除けば、けっこう立派

閉鎖から今年で34年

Googleマップで偶然見つけたところから飛行場跡を感じる散歩ができて、かつこんな立派な石碑で歴史を知ることができて満足。さあ、あとはバスに乗って帰るだけ…と思ったのですが、最後の最後に興味深い物体を見つけました。

石碑から50mほど東へ、ファミリーマートの前に出る角の所です。

これは…飛行場の門だったのか?

絶対何か書いてあっただろう…

これは事前情報で知らなかったので、ある意味一番テンションが上がりました。やっぱり現地を歩いてみるものですね。

長野飛行場跡のことをもっと知りたい

今回はGoogleマップで飛行場跡を見つけたことからほとんど思いつきで歩きに行ったので、正直なところ長野飛行場のことについてほとんど調べられていません。ごめんね。

ただ、やはり軍用飛行場として造られたこともあり、戦時中には空襲の標的になったりもしたようです。ネットにも情報は少ないですが、せっかくなのでいろいろと調べてみようと思います。詳しいかたはぜひ情報ください。よろしくお願いします。

最後に長野飛行場に関する気になるリンクを載せます。それでは。

crd.ndl.go.jp

inogawa.web.fc2.com

【宮崎県延岡市】繁華街は川の中州!構造が味わい深い企業城下町を歩く(2023.11.23)

今回は宮崎県北部の主要都市、延岡市のまち歩きです。延岡は個人的には初めての訪問でした。
訪れる直前までほとんど下調べをしていなかったものの、実際に歩いてみて、そして改めて地図を見返すと非常に面白い街でしたので、こちらでご紹介していきます。

現在では市町村合併を経て大きな市となっていますが、こちらの記事では延岡の中心市街地についてお届けします。

今回歩いた場所は主に、延岡の繁華街である船倉町とそこから延岡駅にかけてのエリアです。企業城下町として賑わった街の歴史と、いまの姿をお楽しみいただけたら幸いです。

旭化成のお膝元

まずは、延岡市の基本情報の紹介から。

延岡市は宮崎県の北部、大分県とも接する人口11万人強の都市です。旭化成の創業地であり、現在でも市内の中心部を見渡すと工場があちこちに目につく、工業のまちです。

延岡城跡から、旭化成関連工場の煙突を望む

居酒屋で飲んでいても近くの卓から「旭化成の○○が~」みたいな会話が聞こえる延岡ですが、現在の旭化成につながる工場群が延岡に立ち始めたのは大正の終わり頃とのこと。そこから約100年に渡って旭化成のお膝元となっているのですね。

ちなみに、そんな延岡ならではの光景がこちら。

バスの行き先に「レーヨン」

そもそもバスの行き先案内が手書きなことのインパクトがありますが、注目は左から2番目の「レーヨン」。レーヨンというのは化学繊維の一種なのだそうですが、それがそのままバス停の名前になっています。

teiryu-sho.info

市内に旭化成関連の工場が複数あるのは先述の通りですが、それらの工場が生産する製品名で場所を判断するんですかね。それほど、旭化成の工場が延岡の人々の暮らしに関わりが深いということを感じ取れます。

他にも、「ベンベルグ」という停留所もあります。これも化学繊維の名前だそうです。そこらへんの知識が全然ないのですが、ベンベルグに至っては特設サイト(?)まである力の入りようでついつい見ちゃいました。面白いのでそちらのリンクも貼っておきますね。

www.asahi-kasei.co.jp

ちなみに、延岡の中心市街地から見て「レーヨン」は北側、「ベンベルグ」は南側に位置しています。

2つの川に挟まれた船倉町

そんな延岡の繫華街にあたるのが、船倉町という地域です。まずは地図で位置を確認します。

五ヶ瀬川と大瀬川という2本の川に挟まれた、中州のような場所にあるのが船倉町です。すぐ西には延岡城跡があります。

一目見るだけで、2本の川を「天然のお堀」として活用したんだろうな。その周りに城下町ができて商人とかが集まったんだろうな。と地図を見るだけで想像が捗ってしまいます。これほどまでに鮮やかに地図から歴史を読み取れるのは気持ちが良いものです。

そういえば過去にはこんな記事も書いています。初めて歩く街でもあてはめられる、まち歩きの視点について書いています。

www.sanmuofmusan.com

ちょっと話が逸れましたが、船倉町エリアは現在でも多数の飲み屋さんなどが立ち並ぶ味わい深い場所です。

船倉町エリアの紹介を~と思ったのですが、ここまで書いておいて現地で写真を撮っていないことに気づきました(おい)。酔っぱらって忘れてたんで許してください。代わりにと言ってはなんですが、船倉町の北側を流れる五ヶ瀬川の夕焼けをお楽しみください。

延岡駅方面とつなぐレトロな商店街・山下新天街

お次は船倉町を出て延岡駅の方へ歩きます。五ヶ瀬川を渡って北側。祇園町、そして山下町へと進んでいきます。祇園町という地名がいかにもすぎる。

祇園町の大通り沿いは船倉町と同じく居酒屋さんなどが並びますが、こちらにあったお店も良さげだったので書き残しておきますね。

①ともえ食堂

味のある大衆食堂のはずなのに、がっつりクリスマスモードになっていました。それにしても、サンタさんいすぎでしょ。ダンクシュートを決めるサンタさんがちょっと怖いです。

maps.app.goo.gl

②和食亭こだま

ホテルの1階のお店です。そういうところって普段あまり期待しないで見ているものなのですが、ショーケースがいい感じです。あと写真見返しながら思ったのですが、どちらかといえば洋食屋では?

maps.app.goo.gl

③喰処 青春の門

隣の富士メガネを含めて、看板が味わい深いですね。こんな味わい深い看板が裏路地などではなく、中心市街地の片側2車線の道路に並んでいるわけですがら、面白いものです。

maps.app.goo.gl

そんなこんなで寄り道してきましたが、いよいよお目当ての山下新天街です。

船倉町や祇園町界隈は幹線道路の歩道部分がアーケードになっているのに対し、山下新天街は歩行者専用のアーケードとなっています。

他の地方都市同様、お世辞にも賑わっているとは言えませんが…
この山下新天街の興味深いところは、JR延岡駅と先述の繫華街エリアの中間地点というか、橋渡しのような形でアーケードが存在していること。

言ってみれば中途半端な場所ともとらえられてしまうエリアにさえ立派なアーケードが現存しているという事実に、延岡という街がいかに発展した場所であったかを感じずにはいられませんでした。

まあ、今となっては寂しいんですけどね。。

「蔦屋仕様」の延岡駅に驚き

ここまで見てきた通り、延岡のまちはかつて栄えた昭和までの姿を色濃く残す地方都市という様相ですが、延岡駅を見てびっくり。

あれです。最近流行りの、蔦屋書店が入ってる公共施設ですね。自分が思いつくところでは南海の和歌山市駅なんかもこの部類ですが、あちらよりはやや小規模です。

「エンクロス」というそうです。ツタヤ(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が指定管理者になっている施設ですね。こういう場所の感想は正直難しいのですが、ちょっと今回はスキップしました。商店街を歩く気分だったんでね。

encross-nobeoka.jp

というわけで駆け足でしたが、延岡の中心市街地でした。
宮崎県もどう考えても車社会のはずなのに、車でのアクセスが難しいアーケード商店街が現存しているのが興味深かったです。

九州の他の都市圏のどこからも離れていて、宮崎とも大分とも言い難い(むしろ熊本の方が近いかもしれない)独特な地域である延岡。それゆえまちづくりの難しさも他の都市ともちょっと違うのかもしれません。これからもこの味わい深いまちは生き残っていけるのか。注目していきたいと思います。

▽延岡関連のYouTube動画▽

【JRバス・高遠駅】「列車で行けない駅」に行ってみた(2023.7.29)

今回は、列車で行くことができない、というよりそもそも線路が通っていない、そんな駅をご紹介します。

 

高遠駅なんてあったっけ?

今回の目的地は、長野県伊那市の高遠駅。
あれ?高遠に駅なんてあったっけ?鉄道通ってないよね?そうお思いの方も少なくないのでは。

高遠といえば、桜で有名な高遠城址公園があり、観光で訪れたことがあるという人も多いかと思います。とはいえ、高遠駅の存在はあまり知られていないのも事実でしょう。

先に答えを言うと、高遠駅はJRバスの通る「自動車駅」です。そんな高遠駅への訪問記と、自動車駅について、少し書かせていただきます。

JR線からJRバスへ乗り換え

JR飯田線の伊那市駅にやってきました。
伊那市中心部から高遠駅へ向かうJRバス高遠線は、JR伊那市駅か伊那北駅で鉄道からの乗り換えが可能です。

伊那市駅

バスの乗り換え案内

伊那市駅前(厳密には伊那バスターミナル)から発着するバスには他社のものもありますが、JRバスの路線のみ、JR飯田線の駅構内に乗り換え案内が掲示されています。

これだけを見ると、駅を出てすぐにバスに乗れるようなイメージを持ちますが、実際には違います。JRバス高遠線を含め、各バス路線は伊那市駅から徒歩2分ほどのところにある「伊那バスターミナル」の発着です。伊那市駅にもちゃんと案内はあります。

七夕の短冊に埋もれそう

ということで、伊那バスターミナルにやってきました。
伊那バスターミナルは2017年にリニューアルしており、現在はとてもきれいな建物になっています。この暑い夏に冷房のある待合室はありがたい…

飲食コーナーが併設されていたり、フリーWi-Fi完備など、設備もなかなか充実しています。

伊那バスターミナル

思ったより小さいバスで高遠へ

いよいよ今回のメイン、JRバス高遠線への乗車です。

※高遠駅にて撮影

思ったより小型の車両がやってきました。桜のシーズンではないとはいえ、観光地の高遠へ向かう路線。さすがにもう少し大きな車両だと思ったのでびっくりです。残念ながら需要がさほど大きくないことが伺えます。

実際に乗ってみても、乗客は自分以外に、お年寄り1名、高校生2名という内訳でした。土曜日の午前中ということで、観光の方も多少はいるものと思っていたので、少し寂しいですね。

※帰りのバスでは、高遠駅で接続する南アルプス方面の登山客の方が加わり、多少乗客数が増えました。

土曜日の昼間にしては寂しい…

伊那バスターミナル~高遠駅は約25分。運賃は530円です。ICカード等は使えないので、現金での乗車です。整理券の主張が強い。

整理券の圧が強め

高遠駅は「自動車駅」

高遠駅に到着です。しっかりと「高遠駅」と書かれています。バスターミナルではありません。まあ、実際はバスターミナルなんですが。

高遠駅の駅名標

まずは駅構内を観察。
待合室を備えた立派な駅舎です。

高遠駅の駅舎

構内には窓口もありますが、こちらは2022年春に閉鎖。現在は無人駅となっています。

かつてはバスの切符はもちろん、鉄道との連絡乗車券も買える、正真正銘の”駅”だったそうな。

trafficnews.jp

駅窓口(閉鎖済み)

何も、桜シーズンのど真ん中に営業終了しなくてもね

世知辛い話題をもう一つ。
高遠駅にはトイレがありますが、こちらが2023年8月16日から一般利用ができなくなるそうです。トイレのメンテナンス人員を確保するのも大変なのでしょうか。地方のバス路線網維持も一筋縄ではいかないというのが感じられるものの一つです。

トイレ廃止の張り紙

これから高遠駅はどうなっていくのか。その動向を注目していきたいですね。

ところで、この自動車駅とは何なのかを少しだけ補足しておきます。
これはいわば国鉄時代の名残で、当時国鉄は鉄道路線のない地域への輸送の補完として国鉄バスの路線を設定することがありました。この場合、バスも国鉄の路線として扱うので、その路線内にある「自動車駅」では国鉄の鉄道路線を含めて切符を購入できた、というわけです。

ja.wikipedia.org

この記事を読んでいる皆さんの地域でも、路線バスでJRバスが走っている、という路線は割と少ないと思います。これは例えばJRバス関東のウェブサイトなんかを見ると分かりやすいですが、JRバスの路線バスは様々な地域に散り散りに設定されているため、地域のバス会社と比べると存在感が薄いから、と考えることができます。

地元のバス会社が担う路線とは、その生い立ちも少し異なるわけですね。

高遠城址公園はちょっと歩く

最後に、高遠にいって高遠城址公園に触れないのもアレなので、高遠駅と高遠城址公園の距離感をご案内します。

これが、思ったより歩きます。
当日は日中の気温が35℃くらいあったと思うので、結構しんどかった…

おそらく桜のシーズンには高遠城址公園まで行く便も増えるのでしょうが。城址公園の駐車場は近辺の道路が比較的狭いので、桜の時期は渋滞とかで結構大変だと思います。となると、手前までバスで行く、というのも十分検討の余地がありそうです。

夏の桜のトンネルも、それはそれで味があって良いですよ。ぜひぜひ。

真夏でも日陰ならまあまあ涼しい。それが長野。

【可能性を感じる】群馬県下仁田町を歩きました(2023.5.1)

GWに群馬県下仁田町を歩いてきたときの記録です。長野県に接しているとはいえなかなか訪れることのなかった町ですが、下仁田、まち歩き好きにはたまらない場所です。

上信電鉄の終点・下仁田駅

降り立ったのは上信電鉄の下仁田駅。上信電鉄は高崎~下仁田の30km強を1時間かけて結ぶローカル線です。
もうね、駅の佇まいからワクワクします。
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訪れたのは5月ながら夏のように暑い日でした。そのためか、線路の車止めのところで布団が干されていました。なんと牧歌的な光景なのでしょう…

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目を引いたのは駅前に掲げられていた看板。駅前の明るい環境づくりのための心得が示されています。

目的もなく集会や徘徊をしない

まあ分かります。

駅の乗降客や送迎の人に対して威嚇し恐怖を与える行為をしない

いや、不穏過ぎでは?電車から降りるだけでカツアゲとかされるの?まあグンマー帝国だから…いや何でもないです。

念のため、訪問時にはそんな輩には出会っておらず、平和な駅前だったことをご報告しておきます。

 

歴史を感じる「中央通り」

そんな下仁田駅前から、メインストリートを歩いていきます。名前は中央通り。車通りのある国道かな?と思って行くと見事に肩透かしを食らいます。

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はい、どうでしょう。紛れもなく中央通りです。車は通行不可ではないようですが、とはいえすれ違いは無理そうです。

あくまで想像ですが、自家用車が広く普及する前に市街地が形成されていたため、このような「狭い中央通り」が存在しているのでしょう。

上信電鉄の沿線は、世界遺産の富岡製糸場をはじめ、養蚕・製糸業で明治期から大きく栄えた地域です。下仁田駅の開業も1897(明治30)年と、地方の鉄道としてはかなり早い部類といえます。

そんな歴史を想像しながら歩くとたまりません。ここからは、中央通りなど下仁田の中心街で見つけた素敵な看板たちをご紹介します。

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タクシー会社「あなたの手足にご利用ください」

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改行したら・が追加されるPowerPointの設定でしょうか

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「大正から令和へ100年」

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婚礼、見合、免許。時代を感じる。

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テープだけで頑張って表現しました。カバンの青木。

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「撞球」ビリヤードのことなんだって。

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ドア壊れてるんかい。

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そのポンプ、現役なのかな…?

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美容室の窓から気配が…

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確信犯でしょ?ねえ。

 

『孤独のグルメ』で一躍有名に

結果的にたくさんの面白スポットと出会えた下仁田ですが、メインの目的地はあの『孤独のグルメ』で有名になった「餃子・タンメン 一番」さんです。

we-love.gunma.jp

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GW期間中だったのでお店が大行列。あまりに混みすぎて途中で麺の在庫がなくなるというまさかのハプニングがありながらも、製麵所さんもめちゃくちゃ頑張って補充してくれて無事に食べられました。行列の前に出来立ての麺を持って現れたその姿はまさに救世主。

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餃子とタンメンとビールで、至福のひと時。現在お店を切り盛りしている沼田さん、まさかの地域おこし協力隊でお店に関わっているんですね。超忙しいときだったのにお客さんにも気さくに話しかけていて、とても印象的でした。ごちそうさまでした。

沼田香輝さん(移住) - 下仁田暮らし。

 

「ぐんまワンデーローカルパス」で群馬を回ろう

最後に、今回の観光で使ったフリーきっぷのご紹介です。

www.jreast.co.jp

「ぐんまワンデーローカルパス」は、群馬県内の鉄道(JR/私鉄問わず。一部県外路線含む)が1日乗り放題のきっぷです。
紙の切符でも購入できますが、スマホの画面提示で使えるデジタル版が便利。しかもちょっと安いです。

今回は富岡製糸場の観光でも使いました。群馬って正直観光のイメージがピンと来ていなかったのですが、せっかくお得なきっぷがあるので、ぜひ回ってみてはいかがでしょうか?

【野毛飲みだけじゃない】横浜の”根岸線の西側”を歩いたら色々すごかった(2023.5.4)

ゴールデンウイークに横浜を歩いてきました。今回はその振り返りです。
とは言っても、この記事にはみなとみらいも、中華街も、山下公園も、一切登場しません。その点はご了承ください。

ではどこを散歩したのかというと、主にJR根岸線の西側。横浜駅を出発し、野毛や福富町といった横浜屈指の繁華街、そしていわゆるドヤ街として知られる寿町といった、横浜のスーパーディープスポットを潜り抜け、駅でいえばJR石川町駅の少し先まで歩きました。

根岸線を挟んで性格が変わる横浜の街

横浜観光といって多くの人が思い浮かべるのは赤レンガ倉庫や中華街、そして山下公園…これらはいずれも海沿い、JRの線路よりも東側に広がるスポットです。それゆえ、「横浜=海」というイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか?

一方で、JRの線路よりも西側のエリアには、場所によって住宅街であったり、ディープな繁華街であったり、小刻みにその様相を変えるのが大きな特徴です。少なくとも、観光客が思い描くような「キラキラした港町」の姿は、そこにはありません。

この差の要因は、両側で土地の成り立ちが大きく異なるからに他なりません。横浜市のHPにも記載のある「横浜港変遷図」を見ると、明治期以前には現在のJR根岸線の東側に相当する地域は大半が海であり、土地の性質が大きく異なることは容易に想像がつきます。

www.city.yokohama.lg.jp

それでは、実際に歩いてみましょう!

 

平沼橋~高島町~桜木町:”東横線の廃線跡”が残るまち

まずは横浜駅を出発し、駅の西側、平沼方面へと歩いていきます。横浜駅と平沼の位置関係はこんな感じ。

地理感覚の鋭い方ならお気づきかと思いますが、「平」「沼」という字から想像できる通り、この辺り一帯は江戸時代の新田開発によって生まれた土地のようです。JR根岸線の線路から海側の土地が幕末の開港期に埋め立てられたのに対し、開港以前に成立していた地域であることが特徴です。

気になる方は先述の「横浜港変遷図」をご覧ください。

そうした事情もあってか、古くから残る味のあるお店が(横浜にしては)多いのがこの周辺の特徴です。そんな平沼でお邪魔したのが、「寿ヾ㐂家菓子舗」さん。創業は明治33年だそうです。

素敵なおばちゃんに引き寄せられるように…

時期も時期だったので、かしわ餅をいただきました。みそあんってあまり見なくない?

横浜駅から歩いて10分そこそこの場所にこんなに歴史を感じるお菓子屋さんがあったとは。またおばちゃんを訪ねて行きたいものですね。

tabelog.com

少し話題が逸れましたが、今度は戸部・高島町方面へ向かいます。戸部(京急線)、高島町(横浜市営地下鉄)はいずれも横浜の隣駅ですが、横浜駅周辺とは打って変わって住宅街の印象が強いです。

ただし、先述の平沼界隈が下町のような空気感であるのに対し、戸部・高島町エリアはマンションも多め。少しハイソな住宅街にありがち(個人の感想です)なスーパー「マルエツプチ」があるのも納得がいきます。まいばすけっとじゃなくてマルエツプチなのが重要です。知らんけど。

マルエツ プチ 花咲町六丁目店 - マルエツ|しあわせいかつ。

当ブログではすっかりお馴染みの地理院地図を参照すると、戸部や高島町付近は横浜駅周辺よりも少しだけ標高が上がっていることが分かります(ほんの数mの違いではありますが)。

一概に断言できるものではありませんが、標高数mの違いで街の雰囲気が少し変わるというのは、非常に興味深いです。

高島町~桜木町間は線路沿いを南下。このあたりは約20年前に廃止された東急東横線の旧線区間の高架橋が残されています。遊歩道とされる計画もあるようですが遅々として進まず、何かが通るわけでも、上を歩けるわけでもない橋がただ残されている状況が続いています。

trafficnews.jp

 

野毛~福富町~伊勢佐木モール:野毛は陰にあらず

ここまでは、まだ序の口。
桜木町駅を過ぎて、駅前の「ぴおシティ」が見えてくると、いよいよ横浜の中でも特にディープなエリアの始まりです。

ぴおシティ地下の飲食街から、すでにたくさんの誘惑が待ち構えています。我々は野毛でお店を予約していたのでここでは飲みませんでしたが、うっかりするとこの地下街から出ずに散歩終了、という展開になりかねないほどには魅力的でした(笑)

1000bero.net

で、まあね、世の中には野毛飲みを紹介する記事は数多あると思うので細かいことには触れませんが、とにかく魅力的であることは確か。建物好きとしては、野毛の代名詞である「野毛都橋商店街ビル」を見ることができたのが嬉しかったです。

背後に高層ビルがそびえ立つことで、手前のディープ感が際立ちます。たまらないですね。

ただし、この時点では私はまだ気づいていませんでした。本当のディープスポットは、川の向こうにあるということに…。

野毛も十分ディープなイメージと共に語られますが、近年では若い人などでもこのエリアで昼飲みは普通のことになりつつあり、「治安が悪い」「女性には危険」といったことは特にないように感じます。

しかし、野毛の南側にかかる都橋から振り返ると、背中にはラブホテルやら、ソープランドやら。ここから明らかに街の流れが変わっていきます。そう、ここは横浜でも随一の(夜の)繁華街、福富町です。

実をいうと訪問時は福富町のことは一切知らなかったのですが、一歩足を踏み入れた瞬間から感じる異質さから、すべてを感じ取りました。知識がなくとも感じることができる…これもまち歩きの魅力の一つなのです。

このカットだけを見るだけでも、明らかに日本ぽくない空気感が漂っていることが分かります。そして…

たとえ風俗店であっても、その姿は非常に堂々としています。一周回って清々しさすら覚える光景です。野毛からも5分~10分ほどで歩けますが、歩く人の層も立ち並ぶ店も明らかに変化します。日本語はほぼ聞こえず、こちらが外国に来たような錯覚です。

福富町の歴史については、下記の「はまれぽ」の記事が詳しいです。

hamarepo.com

現地に着いたのは平日の午後2時前後だったのだが、営業している店は風俗店を除けばごくわずか。人の往来もまばらで、たまに聞こえてくる言葉は外国語ばかり。

野毛が雑然とした繁華街の印象をもってメディア等で伝えられることが多いですが、実際に歩くとその感覚はそれなりに崩されます。ディープな飲み屋街である野毛ですら実際には”明”の部分であり、本当の意味での”暗”の生き字引のような存在が福富町と言えるのかもしれません。

福富町の目と鼻の先に通るのが伊勢佐木モール。50mも離れていないであろうこの通りには多数のチェーン店が立ち並び、買い物客が行き交います。訪問時は横浜スタジアムでプロ野球が終わった直後ということもあり、ユニフォーム姿の人々で賑わっていました。

もちろん伊勢佐木モールを行き交う人々の大半は福富町に足を運びませんし、存在すら知らないでしょう。この「見えないバリア」こそが横浜の奥深さなのかもしれません。

 

寿町~山手:標高で豹変するまちの姿

福富町の話題が長くなりましたが、まだまだ南下していきますよ。ちなみにここから歩く場所はこんな感じです。ライブ会場やバスケットボールの試合会場としても知られる横浜武道館周辺にかけては、比較的明るく歩きやすい街になっています。つい数分前まで福富町の怪しいムードの中を歩いてきたのがウソのようです。

ただ道路を直進するだけでこれだけ景色が変化するのだから驚きですが、まだ終わりません。横浜武道館を過ぎた瞬間、またしても異様な光景が広がり始めます。

そう、ココこそが東京・山谷、大阪・西成(釜ヶ崎)と共に「日本三大寄せ場」と称されてきた横浜のディープスポット、寿町なのです。

www.rakumachi.jp

無機質な宿泊施設、謎に増えるコインランドリー、言葉を交わすわけでもなく、交差点に集まる高齢者たち…一瞬にして「そこ」だと分かる光景に、緊張感も幾分増します。さすがに写真を撮る気はなかったので、画像なしでお送りいたします。

「ドヤ街は近年ゲストハウスなどに改装されて外国人客も増えてまちの様子が変わっている」という言説はここ10年ほどであちこちで聞かれるようになりましたが、実態としては他の場所とは明らかに様子の違う高齢者が道端に座っているなどの景色が現在でも残り、ただのまち歩きとして歩くには緊張感の走る場所です(山谷と同じ感覚)。

ちなみにですが、お時間に余裕がある方は、ぜひ上記の地図の縮尺を変えて、石川町駅周辺を観察してみてください。この周辺だけ土地の区割りがやたら細かいのが興味深いです。

さらに興味深いことに、石川町駅の南側には、地図上でちらっと見えている「横浜女学院中高」に加えて「フェリス女学院中高」「横浜雙葉中高」と、私立の女子校が並んでいます。

ドヤ街と私立女子校が同じ最寄り駅ってどういうこと?と思いたくなる気持ちも分かりますが、ここについても地形がある程度解決してくれます。再び地理院地図を見ましょう。

地図の右下あたりが石川町駅周辺です。
「石川町」と女子校エリアのある「山手町」では標高が30m~50mほどの差があり、しかも急な崖となっていることから両地区は大きく隔てられたような地形になっているのです。

ここから南には「山手」や「本牧」といった高級住宅街として知られる地域が広がり、ここまでご紹介した街とは全く異なる光景が広がります。もちろん住む人々の層も大きく異なります。

 

まとめ

思いがけず結構な距離を歩いてしまいました。
誇張抜きで通り数本ごとに街の様子も歩く人の層も全く異なります。横浜という都市の奥深さを感じられるまち歩きでした。

歩く方に熱中しすぎてあまり写真撮れてませんでした。すみません。。

情報量が多いんじゃ。

 

よく通るけどあまり降りないあの駅④ 北陸新幹線・安中榛名駅

現地に住んでいる方から怒られそうなタイトルですが、特急列車がたくさん通ったり、そうでなくても普段使う路線上にありながら降りたことがない駅ってありますよね。そんな駅を実際にいくつか訪問してみたので、どんな駅かを紹介してみたいと思います。

第4回は北陸新幹線にある安中榛名駅。首都圏と信州・北陸を結ぶ大動脈にありがなら、「そんな駅あるの?」という方も少なくないと思います。今回はそんな安中榛名駅に降り立って、少し散策してみました。

各駅停車タイプも通過?軽井沢の隣にある秘境

安中榛名駅は群馬県安中市にある北陸新幹線の単独駅です。
群馬県最大のターミナル駅である高崎と、観光客の乗降の多い軽井沢の間にありながら、その存在すら知らない、という方もいるでしょう。

それもそのはず。安中榛名駅は北陸新幹線の他の駅と比べても、停車する列車の本数が極端に少なくなっています。上り(東京方面)の時刻表で比べてみましょう。
※休日ダイヤ

・長野駅:49本(かがやき・はくたか・あさま)
・軽井沢駅:30本(はくたか・あさま)
・安中榛名駅:12本(あさま)

全列車が停車する長野駅と比べると、なんと4分の1以下。しかもほぼ各駅停車タイプとして運行されているあさま号ですら、安中榛名駅を通過する運用があるほどです。そんな状況もあり、1日の平均乗降客数はなんと177人(2021年度)という衝撃的な数値を叩き出しています。

1日200人弱しか使わない新幹線駅ってどんなところなんだ?と、気になってしょうがない存在です。

新幹線駅とは思えない静かな駅舎

実際に、安中榛名駅周辺を散策してみます。今回は平日の夜、20:30頃~21:30頃という、とんでもない時間帯に訪れてしまいました。

安中榛名駅はその特性上(後述)、東京方面への通勤に特化したようなダイヤとなっています。そのため、午前中の長野方面、午後の東京方面の列車は特に本数が少なくなっているのが特徴です。

そのため午後に長野方面から安中榛名駅へ向かおうとすると、時間帯によっては一度高崎駅まで向かって折り返した方が早いという場合すらあるほどです。

そこまでして降り立ったものの、そこに待ち受けるのは静寂。ほとんど人の通らない改札口に、わずか3台の改札機が並んでいるだけです。

安中榛名駅の改札口。みどりの窓口は19時で閉店

新幹線の駅なのにコンビニすらありません。駅構内の店舗は、「峠の釜めし」でおなじみのおぎのやが運営する、釜めしと立ち食いそばのお店だけです。それもこんな時間ではもちろん閉店。

「峠の釜めし」の店舗は17時で閉店

暗くて駅名がよくわからない

駅を出ても店舗などもちろんなく、そこに広がるのは静寂。駅舎を撮影しようにも、駅名部分が真っ暗なのでよくわかりません。正直、降り立って5分ほどで「あと1時間どうやってつぶすか…」と真剣に困りました。

なんで作った?

じゃあ、なんでこんな場所に新幹線の駅ができたのか?と疑問が湧くと思います。
ここで安中榛名駅の歴史を見てみましょう。

なぜ安中榛名駅がこんな場所にできたのか?という問いの間接的な答えは、「北陸新幹線が整備新幹線として計画されたから」です。整備新幹線に関する説明についてはここでは省きますが、ここで覚えていただきたいのは「整備新幹線の建設に際しては沿線都道府県も支出が求められる」という点です。

つまり北陸新幹線の建設に際しては群馬県も支出が必要ということです。しかし当初、高崎~軽井沢駅間に駅設置の予定はありませんでした。これではお金を出してもメリットがないと、群馬県は支出の条件として駅設置を要望。しかし線形の都合上、安中市や周辺自治体の中心市街地に駅を設置することはできず、トンネル区間の合間に安中榛名駅が設置されることとなったのです。

住宅街としてのポテンシャル

さんざんdisったような物言いになってしまいましたが、ローカル線などでよく取り上げられる、いわゆる「秘境駅」と決定的に違うことが一つあります。それは、人家に明かりがあることです。

確かに、安中榛名駅自体は静寂に包まれていましたが、駅周辺に全く人がいないかといえば、そうでもありません。駅周辺は宅地造成がなされており、その造成も順調とは言い難いとはいえそれなりの居住者がいるのも事実。

よく見ると明かりのついている民家も多いので、その点では夜の散策も少しは安心します。まあ、暗いことは変わりないんですがね。おかげで、住宅街の全景を撮ろうとしたらこんなブレブレ写真になっちゃいました。

この住宅街こそが、安中榛名駅周辺にJR東日本が開発した「びゅうヴェルジェ安中榛名」です。

当初はその何もない立地ゆえにゴーストタウンとも揶揄されましたが、販売開始から13年後、2016年には全601区画が完売したとのことです。新幹線を使えば東京まで1時間強でアクセスできるため、現在でも安中榛名駅の利用者の多くが新幹線通勤者のようです。序盤で触れた極端なダイヤ編成も納得ですね。

実際のところどの程度の定住者がいるかはわかりませんが、駅の静けさとは裏腹にポテンシャルを持った住宅街であることが分かりました。

なかなか降りることはないとは思いますが、北陸新幹線で安中榛名駅を通る際にはぜひその存在を頭の片隅にでも入れておいていただけたら嬉しいです。

(訪問日:2023年3月7日㈪)

よく通るけどあまり降りないあの駅③ しなの鉄道・千曲駅

現地に住んでいる方から怒られそうなタイトルですが、特急列車がたくさん通ったり、そうでなくても普段使う路線上にありながら降りたことがない駅ってありますよね。そんな駅を実際にいくつか訪問してみたので、どんな駅かを紹介してみたいと思います。

今回取り上げるのは、しなの鉄道の千曲駅。長野県千曲市にあります。
なんだ、市名を冠した駅じゃん。そう思った方のために、まずは千曲駅の基本情報をご紹介します。

 

中心地とは無関係。快速も通過。

このシリーズで千曲駅を取り上げるのにはもちろん訳があります。

千曲駅は確かに千曲市にある市名を冠した駅であるものの、千曲市内の駅では存在感は薄くなっています。そもそも千曲駅は、しなの鉄道線内で最も新しい駅(2009年開業)であり、市役所等の中心部からも5km程度離れています。歴史的にも地理的にも、地味な存在なのです。

千曲駅は、いずれも千曲市内の主要駅である屋代駅と戸倉駅に挟まれています。屋代駅は千曲市役所やことぶきアリーナ千曲の最寄り駅であり、かつてはここから長野電鉄屋代線(2012年廃止)も分岐するターミナル駅でした。

▽▽ことぶきアリーナ千曲でのフットサル観戦記▽▽

www.sanmuofmusan.com

また戸倉駅については戸倉上山田温泉の玄関口にあたり、さらにしなの鉄道線の運行上の拠点ともなっているため、こちらも重要な駅となっています。

屋代駅と戸倉駅に挟まれる千曲駅

しなの鉄道では一部の列車で快速運転が行われていますが、千曲駅には停車しません。屋代・戸倉両駅とは異なり、千曲駅周辺には店舗らしい店舗はほぼありません。

 

JRと三セクで異なる「駅のつくり方」

そんな千曲駅はどのような経緯で誕生したのか、そこには、JR(旧国鉄)と私鉄・第三セクターでは駅設置に対する考え方が異なることが挙げられます。

ご存知の方も多いかと思いますが、現在のしなの鉄道線にあたる区間は、北陸新幹線の開業以前はJR信越本線として首都圏~長野・北陸方面の主要ルートとして機能していました。

国鉄の幹線は基本的に大都市間の長距離輸送を主軸に置いているため、途中駅は沿線自治体の主要地域に1,2か所程度設けられるだけでした。現在の千曲市に相当する地域には開業時(1888年)には屋代駅のみ、そこから24年ほど遅れて戸倉駅が開業しています。1997年のしなの鉄道への移管まで、屋代駅は旧更埴市の、戸倉駅は旧戸倉町(と千曲川対岸の旧上山田町)の代表駅として機能してきました。

www.sohosharing.com

しかし第三セクターであるしなの鉄道への移管時に、特急「あさま」などの優等列車は消滅。主軸は地域間輸送へと切り替わります。地域の通勤・通学需要に応えるため、いくつかの駅を新設。千曲市内(にあたる区域)では2001年に屋代高校前駅、2009年に千曲駅が開業しました。

 

駅の新設には訳がある

さてさて、前置きが長くなってしまいましたが、実際に千曲駅周辺を歩いてみます。

まずは駅舎。開業から10年強しか経っていないので、構内や駅前はとてもきれいに整備されています。

千曲駅舎

ホームは後付けの簡素なつくり

広々とした駅前ロータリー

特に目を引くのが、駐輪場の充実ぶり。平日の日中ということもあり、高校生のものと思われるたくさんの自転車がありました。

駅前の駐輪場には高校生の自転車がびっしり

自転車のステッカーを見ると、地元の戸倉上山田中学校のものが貼られた自転車が多く、さらにしなの鉄道沿線の屋代高校・篠ノ井高校・上田高校、さらには長野市内の高校のものも見受けられました。

戸倉上山田中学校は隣の戸倉駅が最寄りですが、片道2km程度と中学生なら自転車通学ができそうな距離なので、おそらく戸倉上山田中学校を卒業した高校生が沿線の高校に通う需要がかなりあるとみて良いでしょう。

ちなみにこの地域から最も近い高校は屋代駅近くの屋代南高校となり、こちらでも片道5km程度と自転車通学にはやや遠い(運動部なら苦にならないだろうが、人による)ので、そうした観点から新駅の設置が望まれていたのだろうというのは容易に想像できます。

今度は駅から少し離れてみます。

旧北国街道。車の離合すら怪しい道にも通学路レーン

千曲駅につながる県道。古い建物が多くくねくねした道

駅前こそ歩道が整備された比較的広めの道路が整備されていますが、少し離れると古くからの住宅街が広がり、そこを走る道路は道幅が狭く歩道のない道が多くなっています。線路に並行する旧北国街道や、実質的な駅前通りの役割を果たす「県道内川姨捨停車場線」も道幅が狭くくねくねした道となっており、歩道の代わりに車道上に通学路レーンを作ってなんとか安全を確保しようとしている状況です。

北信と東信を結ぶ大動脈である国道18号線ですら歩道はほぼないです。道路の両側には古くからの住宅も立ち並んでおり、現状片側1車線の道路を拡張するのは難しいように見えます。広い道路を必要とする時代よりも前から、この地域が住宅地として発達してきたことがうかがえます。

駅から200mほどのところを通る国道18号線。歩道はほぼない。

駅から数百メートル離れた市道は、しっかり整備されている

数百メートル歩いた先には「千曲市道1-211号線」があり、こちらは広々とした歩道があるほか、スターバックスや綿半、ウエルシアといった店舗もあります。

とはいえ、総じて新しい住宅はほぼ建っていないように見えます。千曲駅の開業が2009年であることを考えるとこの地域の住宅は大半がそれ以前の建築と思われ、元々ある住宅地からの通勤・通学需要を拾うべく千曲駅が設置されたことが分かります。

 

本当に「千曲」駅で良かったのか?

ここまで千曲駅誕生の理由を、駅周辺を歩きながら探ってみました。立地としては新駅設置にふさわしかった千曲駅。とはいえ、やはりこの場所をもって「千曲」駅というのは微妙だよな、と思ってしまいます。

確かに千曲駅は千曲市の誕生(2003年)後初の市内での新設駅ですが、かといってそれだけで市名を背負わせる必要もない気がしますし、どう考えても近隣住民の利便性向上を軸とした駅ですから市外の乗客へ広くアピールする必要ないかと思います。

実際、駅周辺を歩いてみてももっと適切な駅名があったようにも感じます。

まずは「五加」。先述の県道沿いの電灯には「五加の庄」と書かれた看板が並びます。またこの地域は五加小学校区のため、そうした観点からも地域住民には一番馴染みのある名前のような気もします。

県道沿いの看板にかかれた「五加の庄」

続いては「内川」。内川というのは駅周辺の住宅街の多くが属している地区名です。実際、駅から近い国道18号線の交差点名も内川ですし、古くからの集落名として広く浸透しているものと思われます。こうした歴史を考えれば、内川駅でも自然ですよね。

最後に「寂蒔」です。これは千曲駅本体が位置する場所の地区名なのですが、これで「じゃくまく」と読むのだそうです。インパクトがすごい。他の地名と比べると駅名としてどうかというところはありますが、これが駅名だったら難読駅名として確実に載るだろうな、ということで取り上げてみました。

skima-shinshu.com

こうした有力?候補がありながらなぜ「千曲」という当たり障りのない駅名になったのか、もしその経緯をご存じの方がいらしたら教えてほしいです…。

いくつかの駅名候補で揉めた先に当たり障りのない駅名になる、というのは観光需要の見込める新幹線駅ではよくある話ですが(佐久平駅の名前をめぐって佐久市と小諸市が揉めた、など)、さすがにこの規模の駅でそんな話もないかと思いますし。

 

歩いてみてさらに謎が深まった

以上、しなの鉄道線・千曲駅について見てきました。正直、思い立ってフラッとお出かけして駅前を1時間程度散歩しただけなのですが、これだけ考察が捗ったことに自分でも驚いています。

確かに屋代駅・千曲駅と比べれば地味な印象の駅ではありますが、地域住民、特に高校生の通学を支える重要な駅であることは事実。実際に歩いてみると様々なことが見えてきて非常に興味深い散策になりました。

千曲駅誕生の経緯、もっと深く知りたいな…。

(訪問日:2023年2月3日)

▽▽「よく通るけどあまり降りないあの駅」の過去記事はこちら▽▽

www.sanmuofmusan.com

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